【コラム】JPモルガンの「クジラ」にもっと適切なあだ名を
4月13日(ブルームバーグ):米銀JPモルガン・チェースのロンドン拠点に勤務するほとんど無名のトレーダー、ブルーノ・イクシル氏は先週後半、人生がすっかり変わってしまったことに気付いた。
イクシル氏の桁外れの投資がクレジット・デリバティブ市場をゆがめていると激怒した同行取引相手の一部が、ブルームバーグ・ニュースの記者に不満を漏らしたのをきっかけに、瞬く間に有名人になった。同氏の投資の1つは1000億ドル(約8兆1000億円)に上るとの声も聞かれる。さらに悪いことに、同氏には忘れられない2つのニックネームがあることも世間に知れ渡った。1つは「ロンドンのクジラ」で、2つ目は人気ファンタジー小説「ハリー・ポッター」の悪役「ヴォルデモート卿」だ。
一介のスワップトレーダーにとって、1つのニックネームだけでも十分に厄介なのに、2つも付けられるとは。これは大きな心配の種だ。
歴史は意地悪にもウォール街の有名人に派手なニックネームを付けることが多い。リーマン・ブラザーズの元最高経営責任者(CEO)、ディック・ファルド氏は「ザ・ゴリラ」だった。住友商事の銅地金取引をめぐる巨額損失事件に関連し詐欺罪などで受刑した浜中泰男・元非鉄金属部長は、かつて世界の銅市場の5%を支配しているという意味で「ミスター5%」と呼ばれた。
ゴールドマン・サックス・グループは「吸血コウモリダコ」と言われ、同社の債務担保証券(CDO)「アバカス」で名をはせた同社の若手セールスマン、ファブリス・トゥール氏は電子メールで「ファビュラス(素晴らしい)・ファブ」と自称した。1980年代のソロモン・ブラザーズを描いた作家マイケル・ルイス氏の著書「ライアーズ・ポーカー」では、債券セールスマンのトム・バーナード氏は「人間ピラニア」とあだ名を付けられていた。
厄介なことの前兆例外はあるとは言え、巨額の金融取引に絡んで巧みなあだ名が付けられるのは厄介なことが起こる兆しかもしれない。
イクシル氏に話を戻そう。ヘッジファンドやライバル銀行のトレーダーらが匿名で明らかにしたところによると、同氏は今年、クレジット・デフォルト・スワップ(CDS)のプロテクションを大量に売って市場の指数 を動かした。この取引は非常に大規模であるため、指数の相対的価値と指数構成銘柄に関連するCDSの平均価格の差が拡大しているという。1000億ドルに上るとみられる1つのポジションは、マークイットCDX北米投資適格指数シリーズ9 と呼ばれる121社で構成される指数の取引が中身だというが、これは一方向だけの賭けでは恐らくないと、市場関係者はブルームバーグ・ニュースに語っている。
年齢不詳イクシル氏の取引に関する情報は限られているため、彼の行動の正確なところは不明だし、彼が今何をしているのかはもっと分からない。彼の年齢も不詳。確かなのはJPモルガンのチーフ・インベストメント・オフィスで働くフランス生まれのトレーダーだということだけだ。年齢は30代後半との説がある。
もちろん、イクシル氏の取引がこれほど興味をかき立てている原因も分からない。彼は投機的な自己勘定取引を行っていたのだろうか。他の投資のヘッジをしていたのか。投機とヘッジを区別することは可能なのか。JPモルガンほどの規模の銀行では、銀行の利益に合致するならほぼどんな取引でもヘッジに見せ掛けることは可能なようだ。
ヘッジが裏目に出ることはあり得るし、極めて大きな損失が出ることもある。しかもイクシル氏の賭けが世界中から強い興味を持たれている今、同氏がポジションを解消しようとする時期をつかもうとしている他のトレーダーたちの標的にもなり得る。
予想通り、イクシル氏の行動に関する報道はいわゆる「ボルカールール」をめぐる政策論争を再燃させた。このルールが盛り込まれた米金融規制改革法はかつて、大き過ぎてつぶせない銀行の自己勘定取引を制限するものと約束されていたが、今では大いに議論の余地がある問題となっている。
ボルカールール当局はJPモルガンなどの銀行によるロビー活動に従順に対応した結果、このルールを例外だらけの寄せ集めにしてしまった。最終的にルールが施行されたとしても法的強制力は持たないだろう。一部は強制力を持つとしても、当局がどの部分かを把握するころには、銀行業界はもっと収益性が高くて多大な損失を招く恐れもある新たな金融手法を編み出し、政府はお手上げ状態になるだろう。
JPモルガンのジェイミー・ダイモンCEOは先週、株主への書簡でボルカールールについて、「純粋」な自己勘定取引を排除するという意図には賛成すると述べた。緩く解釈すれば、これは禁止されるべきものはほとんど何もないという意味だ。ダイモン氏の望み通りになることは疑いない。
コバンザメイクシル氏がどんな事をしてきたのかについて正確には分からないかもしれないが、1つだはけっきりさせておこう。彼はクジラではない。ギャンブルの世界では、クジラはカジノに来て自らの大金を賭ける金持ちを指す言葉だ。イクシル氏は米国の公的資金の支援を受けた大きなカジノで働き、雇い主の金を大量に他のカジノで賭けている男にすぎない。クジラは彼ではなくJPモルガンだ。もっとぴったりとした例えは、コバンザメかもしれない。
もう1つのあだ名のヴォルデモート卿もいかがなものか。イクシル氏は従業員だ。解雇されることもあり得る。残忍なヴォルデモート卿は非常に強大な力を持つため「名前を言ってはいけないあの人(He-Who-Must-Not-Be-Named)」と称されるほどで、ボスはいなかった。イクシル氏にとんでもないあだ名を付けるとしても、彼が雇い主の完全な支配下にあることを明確に伝える名前にすべきだ。
私なら映画「トイ・ストーリー3」に登場する「ビッグ・ベビー」を選ぶだろう。悪役でイチゴの匂いのするクマのぬいぐるみ、「ロッツォ・ハグベア」の忠実な子分と怖がられている。(ジョナサン・ワイル)
(ジョナサン・ワイル氏は、ブルームバーグ・ビューのコラムニストです。このコラムの内容は同氏自身の見解です)
更新日時: 2012/04/13 14:27 JST