ヘッジファンドを虜にするマルタ-年間300日の晴天と透明性が売り
1月6日(ブルームバーグ):2009年9月、エリック・ネルソン氏は、新興国・フロンティア市場に特化したファンド・オブ・ファンズ、FMGの米国部門FMG・USAの調査アナリストとしていつも通り、米コネティカット州スタンフォードのオフィスで働いていた。すると突然、上司からお呼びが掛かった。
何事かと思えば、マルタのオフィスの責任者に当時27歳だったネルソン氏が抜擢されたというのだ。FMGは少し前に本社をバミューダからマルタへと移していた。同氏は「考えさせてください」と答え、帰宅するやいなや、地図でマルタを探したそうだ。
3カ月後、ネルソン氏は陽光が降り注ぐ地中海の島国マルタの地に降り立った。だが、こうした動きはFMGに限ったものではない。低い税率と労働力が魅力的な上に、拠点を欧州連合(EU)内に置きたいと望むヘッジファンドの幹部らが次々と同国に押し寄せている。「ブルームバーグ・マーケッツ」誌2月号が報じた。
マルタ金融庁(MFSA)によると、11年11月初め時点で同国に本拠を置くファンドの数は500余りで、運用総額は80億ユーロ(約7900億円)。06年のファンド数は165、運用総額は50億ユーロ足らずだったという。
700強のヘッジファンドとファンド・オブ・ファンズ(顧客資産をヘッジファンドに投資するファンド)を抱え、運用資産が1430億ユーロ強のルクセンブルクには遠く及ばないものの、マルタのファンド数と運用資産額は伸びている。10年末から11年12月初めまでの間に、ファンド数はほぼ30%増加し、資産総額は15%近く伸びた。
マルタの強み
マルタはさらに、既存の拠点からもファンドを引き寄せ始めている。EUが域外に拠点を置くファンドへの敵対的な姿勢を強めるとの懸念に加え、投資家が透明性を一段と求めるようになったことがマルタの追い風になっている。
MFSAによると、10年には英領バージン諸島の9社、ケイマン諸島の7社、ルクセンブルクの6社が法人登録地をマルタに変更。さらに英国の大手のヘッジファンドとファンド・オブ・ファンズの少なくとも12本が経理など一部部門をマルタに移転した。
マルタのゴンジ首相は、ファンド業界の成長が余りに急だったため、会計士や金融アナリストが足りるかどうか懸念していると語った。同国の人口は41万4000人にすぎない。
欧州と北アフリカの間の戦略的に重要な場所に位置し、自然港にも恵まれているマルタは、フェニキア人以来、敵味方にかかわらずさまざまな人々を引き寄せてきた。
英国支配の遺産
マルタは1798年に、エジプト遠征に向かうナポレオンに征服される。その2年後には、英国が制圧。1964年に独立するまで、英国の支配下に置かれた。
この英国支配は、金融業の拠点としてのマルタの勃興に重要な役割を果たすことになる3つの遺産をもたらした。第1は英語という言語で、これが他のファンド拠点にないマルタの強みになっている。マルタ国民の大多数は英語を流暢(りゅうちょう)に話す。第2公用語はマルタ語。
第2の遺産は英国の商法。法律事務所ガナド・アンド・アソシエーツの弁護士、アンドレ・ゼラファ氏は、英国の商法が同国の民法体系に溶け込み、「マルタの会社法は大体において英国会社法に由来する原則に基づいている」と説明した。
ビールを好む国の働き方
第3は、ファンドマネジャーの言葉を借りると「アングロサクソン」的な労働倫理が、マルタに根付いたことだ。2010年にマルタにオフィスを開設した南アフリカ共和国のファンドサービス会社、IDSグループの顧客担当ディレクター、アンドリュー・フランキッシュ氏は、「マルタの人々の働き方はワインを好む国よりもビールを好む国に近い」と指摘した。
マルタは天然資源に乏しい面積324平方キロメートルの小国で、投資を呼び込むためには知恵を絞る必要があった。1988年に企業に優しい低い法人税率を導入した。
現在、法人税率は35%だが、払い戻しがあるため海外企業に実際に課せられる税率は5%以下となり得る。キャピタルゲインや利子の大半は非課税だ。
ゴンジ首相はインタビューで、「われわれは金融の中心地として可能な限り評価を高めたい」と抱負を語った。
EU加盟前の80年代後半、マルタが目指していたのはタックスヘイブン(租税回避地)だった。低い税率に加え、海外企業の秘密保持の姿勢を貫き、規制に関しては不干渉主義を採っていた。
方針転換が奏功
しかし90年代半ばに、同国は方針を転換する。2004年のEU加盟に先立ち、EUと同等の規制導入に動いたのだ。その一環として、四半期ごとの監査済み決算報告と、ファンドの所有者・ディレクターの身元調査を義務付けた。
世界的な金融危機が始まると、ほどなくして投資家は秘密主義よりも透明性を求めるようになる。マルタ当局の厳しいチェックはセールスポイントになった。
FMGのネルソン氏は「08年初めにわれわれは投資家のセンチメントの変化に気づき始めた。規制、流動性、透明性という3つの点が投資家の判断のポイントになった」と語った。そしてこの変化がFMG本社のマルタ移転のきっかけになったという。
マルタにとって、ファンド企業からの直接の税収は比較的少ないものの、オフィススペースや宿泊施設などへの支出が同国のさまざまな産業にもたらす恩恵に加え雇用の拡大という利点がある。
同国政府は、15年までに金融サービス業の国内総生産(GDP)比率を25%まで押し上げ、経済の柱にすることを目指している。10年時点での対GDP比は約12%。
経験不足の懸念
これに対し、ロンドンに本拠を置きヘッジファンドへの助言を手掛けるコンサルティング・会計会社シグマ・パートナーシップのシニアパートナー、ジョー・シート氏は、マルタがこの目標を達成するのはかなり先になるとみる。「単純なロング・ショート・ファンドは別として、より複雑なことをしたいならマルタは向いていないかもしれない。ダブリンとルクセングルクと比べ、法律アドバイザーや監査人、ファンド管理者、ディレクターの経験が豊富ではないからだ」と説明した。
MFSAを率いて10年余りになるジョー・バニスター氏(66)は、こうした認識を変えることが仕事だ。同氏は「われわれは詳細な資産査定(デュー・ディリジェンス)を行う。それなしには免許は交付しない」と説明。これまでにスポーツ選手や競走馬に投資するといった風変りなファンドには免許を交付しなかったという。また、名の通った機関投資家が主要株主に名を連ねているケースを除き、ファンド運営者が経験不足な場合も認めない可能性が高いと述べた。
低コスト
マルタを含め約23カ国にオフィスを持つファンド運営会社エイペックスのグループマネジングディレクター、ピーター・ヒューズ氏(ロンドン在勤)は、マルタには競争上有利な点があると指摘する。同氏によると、マルタではファンド運営会社を約2万ユーロで設立でき、ルクセンブルクの約半額で済むという。
年平均300日もさんさんと日光が降り注ぐマルタに移住して2年、ネルソン氏はマルタがすっかりお気に入りだ。同氏の集合住宅はオフィスから徒歩2分の距離にあり、余暇にはスカッシュや、セーリングなどのマリンスポーツを楽しんでいる。島での生活にあきたら、ヨーロッパ諸国に飛行機ですぐに行けるのも便利だと語る。そしてマルタ政府にとっては、ネルソン氏が再び島に戻ってきてくれさえすればいいのだ。
記事に関する記者への問い合わせ先:Jeremy Kahn in London at jkahn21@bloomberg.net.
更新日時: 2012/01/06 11:30 JST